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ノーパンで過ごした1日/ 番外編

 

多分この記事をクリックしたあなたは、誤解しています。

 

決してセクシュアルな話ではありません、

残念でした。

 

それでも、

今日はノーパンで過ごした1日についてお話ししたいです。

 

プールに入ったんですけど、

水着でプールに行って着替えを持って行ったわけですよ。

 

プールで泳ぎ終わって、

着替える時にパンツを持ってきていないことに気づきました。

 

心の底から感じたことを言うと

人生でこんなに焦ったことありません。

パンツって365日22年間ずっとつけてきたものじゃないですか、

とりあず人前に出るときは必ず。

 

そのパンツを忘れたわけです。

 

いつも人前で活動している時は履くものとして

それがルールとして存在して、自分の習慣として存在して、

そんな重大なものを、私は持ってくるのを忘れたわけです。

 

 

家に取りに帰ることもできないし、

濡れている水着の上からジーパンを履きたくないし、

 

頭が真っ白になってしまいましたよ。

どうしようって。

 

 

私が下した決断は、

とりあえずパンツは諦めてジーパン履いて帰る

と言うようなものでした。

 

いや、こいつ何ゆうてんねん。って思ってるでしょう。

別にどうでもいいし、みたいな。

 

でも考えたことありますか?

 

そもそも私たちがパンツ(下着)に依存していると言うことを。

パンツが当たり前すぎて、無いのが不愉快で不便で変で気持ち悪くて

 

私はないです。

だってずっと履いてきたから。

履かないことなんてなかったから。

 

そもそも下着を着る理由とは何か、

みんなが履くものだから

と言う理由が挙げられるでしょう

 

でも履きたく無い人だっているし、

ノーパンにはまっている人もいるし、

 

ただ、パンツを履いていないだけで排除されてしまう。

 

みんなが履いているから

お前も履けよって。

 

履いてないお前は気持ち悪い、変人だ、って。

 

社会の秩序に従っていない部外者で、のけものにされてしまう。

 

今回はパンツを持ってくるのを忘れて

たまたまパンツを切り口に話したけど

 

 

何も考えずに行動していることって

なんで当たり前なのか、

 

その当たり前を実行できていない人たちが

排除されてまうのは本当に正当なのか。

 

どうなんでしょうね。

 

当たり前って本当に当たり前なんですかね。

そもそも当たり前ってなんですかね。

 

ノーパンって自己申告しないと

わからないことなのに、

ノーパンってわかった瞬間非難してしまう。

 

 

ノーパンで過ごした1日でしたが、

面白いなあと一人で感動しました。

考えさせられたことが多くありました。

 

こんな変な番外編な記事もありかな 笑

 

みなさんも、周りにある当たり前を見つめ直してみてください。