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中身と外見の話

私のボキャブラリーの中に「定期的」という言葉はないようです。

 

どうも、こんにちは。

ようやく大学4年生になってしまいました。

 

一体四年間何をしてきたんだろう、と自分に問いかけてます。

何もしてないです。恥ずかしいです。

 

 

 

それはさておき、

大学初日にルンルンで授業を受けに行ってきました。

 

前から二列目に座って、教授が来るのを待っていたら

 

「この授業って英語じゃないよね?」

「え、そうなん?ちゃうやろ、普通に日本語やろ」

「でも、日本語やったら理解できるんかな?」

 

という会話が真後ろから聞こえてきました。

 

 

いや。まさか。

 

 

まさか私の真後ろで、

私が日本語を理解できるかどうかの、

ディベートを始めるわけがない、

 

と思いつつ、会話を聴き続けたら、

 

どうやら片方は、中国からの留学生のようで。

もう片方は、「普通の」日本人の学生でした。

 

「私は中国から来て〜」みたいな会話を少しした後に

 

やっぱり前に座っているあの金髪野郎は、

日本語の授業を取って

ちゃんと理解できるのかどうか不安で仕方がない様子でした。

 

後ろに振り向いて

 

「日本語話せますよ。」

 

って言いたかったです。すごく。

(めんどくさいのでやめました)

 

そこで私が不愉快に思ったことを言わせてください、

 

まず。

私がもし日本語を話せなくても、

その人の真後ろでそのような会話をすることはすごく(すごくすごく)

失礼なことだと思います。

 

 

次に、

私が留学生であると仮定しても、

多分授業を取る前に、

私は授業のシラバスを読んだ可能性が100パーセントに近い

少なくとも、日本語の授業であるということは認識している、

はず。

 

私は日本語が少しでも話せる、

理解できる、ということは3秒でわかる、

はず。

 

そして最後に、

 

中国からの留学生が日本語を話すことに対して全く抵抗がないのなら、

どうして白人である私が日本語を話せないと思ってしまうのだろう

 

 

私の真後ろで私の日本語の能力についてディベートするのはなんでかなあと、

頭を抱えてしまいました。

 

 

しょうがないでしょ〜、白人で日本語話せる人って少数やし、

日本生まれ日本育ちの白人なんてそんなにいないんだから〜

みたいなことを思う人も沢山いると思いますし、

実際に言われます。

 

 

でも、考えてみてください。

 

 

日本で生まれて、

日本で育って、

日本語を第一言語として使用して、

しかも自分は「日本人である」というアイデンティティが強い

なんならそこらへんの日本人より「日本らしい」私ですよ

そんな所に、

 

毎日、日本語ができない外国人扱いをされる。

 

どこに行っても。

 

日本語を話して、ビビられて逃げられる

日本語を話し続けても、英語で返事して来る

日本人だ、と言っても、「外国人」扱いをされる

 

自分の「ホーム」だと思っている場所で、

よそ者扱いをされる。

 

慣れてしまったようで、

やっぱりヒリヒリと傷口が痛む経験です。

 

 

少数にせよ、

私の他にこういう経験をした人はいます。

 

もちろん日本で生きていく中で

沢山の優しさに出会いました。

沢山、理解してくれる人、受け入れてくれる人もいます。

 

 

ただ、今回伝えたいのは

 

don't judge a book by its cover

人は見かけによらぬもの、

 

見た目だけではわからないこと、山ほどあります。

 

何においても外見だけで判断してしまうのではなく、

 

もっと新しい可能性にオープンでいる方が、

 

視野も広がるし、よっぽど楽しくなるのかな〜と

新学期早々考えました。

 

Sunshine x

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女が脱ぐと、客が来る

女の私が書くから、

 

どうせこいつは女だからな。

って言われるに違いない

 

けれど、女でも男でも言わないと始まらない問題はあって

より多くの人が声をあげて

問題提起/コントロバーシャルにしていくことで

 

少しでも現状を改善できるのではないか、と考えました。

 

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ロシア人のペットは熊

一ヶ月に一回ペースで記事を書く悪い癖直します。

本当はもっと書きたいことたくさんあるんですよ。

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親の離婚、子供の気持ち

寝付けないので、

書きます。

 

少し個人的なこと

(だけど多くの人が共感できること)

 

(でもあまり語られないこと)

 

 

親が離婚しました。

 

2016年9月に浮かび上がった話で

もう9月、10月、11月、12月、1月、2月

ずっと離婚のことを話しあう親をみて

 

いつ悲しくなくなるんだろう、

と思ってました。

 

明日はオフィシャルに「家族」が分解する日で

この日が来るのを

恐れていたけれど

それと同時に待ち望んでいました。

 

多分子供にとって親って崇拝するレベルだと思うんですよ

 

人間としてじゃなくて「親」として

今までずっとみてきた特別な存在で

 

そんな親の「人間」としての側面を見てしまうということが

「子供」にとってすごく辛いんだと思います。

 

今まで20年間一心同体として、見てきた両親の背中は

 

こんなたった一瞬で別のものになって

 

そしてずっと一つの「家族」が

個々人に分散していくのがたまらないくらいに

痛い

 

今まで三人で過ごしてきた20年間はまるで嘘みたいで

現実を受け止めることが

正直今でもできません。

 

だけれど多分、

そう思ってしまうのは子供のエゴで

 

結局どれだけ崇拝してきた「親」でも「家族」でも

結局は親も「人間」で、社会的に構築された秩序

 

離婚の率がどんどん上昇してきて

恋愛至上主義になっている上で

結婚なんて戦略っぽいことは本当に時代遅れ

 

多分「子供」はテレビとか本とかで読むような

完璧な家族のシナリオに憧れて

 

親の離婚の際に、

その架空のシナリオが崩れてしまうと悲しくなってしまうんです。

(私はそうでした)

 

とりあえず「家族」というものは様々な形があって

必ずしも血縁関係を必要としないし、

どんどんリキッド化している

 

オーソドックスな「家族」の形にとらわれる必要はないし、

離婚って悲しいことではなくて

むしろ(親にとっては)嬉しい出来事でも、あるのではないかな。

 

正直、

私の家庭で起こった離婚クロニクル 笑 は、

すごくストレスフルで、トラウマチックな出来事であるけど

 

見方を変えれば

気持ちだって180度変えれる

 

まあ、何が言いたいかって

・結婚制度自体多分古い

・離婚は悲しい出来事ではない(単なる子供のエゴと妄想)

・家族はいろんな形があって親−子でなる「家族」だけに頼らなくてもいい

 

そして、

日常で自分を囲んでる何気ない人、もの、いる場所

本当に全て感謝しなあかん、ほんまにマジで。

 

これから別居する私の親には、

一緒にいて幸せになれなかったことや、

一緒にいてできなかったことに挑戦して

是非2倍、3倍、幸せになってほしい

 

 

xx

 

 

 

 

 

 

質より量、より質

 
こないだNetflixでドキュメンタリーを見漁ってたんですよ。
 
そして
The True Cost
というドキュメンタリーに出会いました。
 
 
薄々気づいていたことではあったけれど
改めて映像で現状を見てしまうと、
反省せざるを得ませんでした。
 
 
への重度な依存が、
 
どれだけ
人に、
環境に、
ネガティブな影響を与えるのか。
 
特に学生にありがちだと思いますが、(違ったら失敬 笑)
私のクローゼットなんて
H&MとForever21とユニクロで完成していますよ。(No Shame)
 
買い物をしている時になんとなく
あー途上国の人々が搾取されてこの服はできてるんやろうなあ〜
なんて考えてる人は少なくて
 
むしろ
安ければ安いほどいい!!
いえーい
みたいな。
 
Tシャツ 300円!?
買うー。
 
ジーパン990円!?
なくてもいいけど買っとこかー!
 
だって安くて!!おしゃれ!!
変わっていくトレンドを追いかけて追いかけて追いかけて、、、
(トレンド追いかけてなくても質より量!)
 
そうやって
どんどん経営戦略にはめられて 笑
消費社会を促してしまう
 
という意味では(こういうことに思い当たりのある)私たちは
全員ギルティーなんじゃないかな、と。
 
 
で、ファストファッションの何が悪いのか。
 
上記にもちらっといっていますが
主に (だいたい)2つの観点から見ることができると思います。
 
 
まず環境への影響
 
人が行うことすべてが何かしら環境に影響しますが
 
ファストファッションは低価格が故に
買っては捨て買っては捨て
 
ものを大切にしようとする努力もほぼ皆無。
 
一回だけのために、
 
安かったからほつれても汚れてもいいや!
 
と服を買うノリがどんどん軽くなっていくのも倫理的な問題だと思います。
 
そして、この倫理的な問題が環境に繋がります。
 
ファッションのライフサイクルが短いことによって
家庭では不要な服で溢れかえってしまい
地球ではゴミが溢れかえってしまう
 
工場の周りの川は汚染されまくり
水の色じゃなくてもはやピンクっぽい川
 
これ以上説明はいらないでしょう?
 
 
2つ目は、
搾取の問題。
 
安いのには理由があるし、
それはクオリティが低いということもあるけれど
発展途上国の人々が搾取されているということ
 
(ナ○キとかも値段の割にはスエットショップとか搾取とかで有名ですけど、じゃあコストがもともと安い服を作る工場の環境は多分相当悪いって想像することができると思います)
 
低賃金、重労働、
工場も古くてヒビだらけ、安全環境なんて誰もチェックしない
2015年、2016年は

いくつかの工場が崩壊して、

いくつかの工場火災になって、

 

何百人、何千人もの人々が亡くなっています。

 

www.fashionsnap.com

 

 

おまけに散々働いて月給は7000円程度

 

こんな事件が幾つおこっても

 

消費者は服を買い続けて

政府は無関心

企業はとりあえず利潤追求

 

 

ここでミニマリズムの話ぶっ込みますけど

 

安い服を何枚も買って

これらに関与するのか

 

いいものを本当にお気に入りのものを買って

丁寧に、大切に使って

自分も気持ちよく、地球環境も、製造者もリスペクトして服を着るのか

 

(私自身も最近頑張ってファストファッションからクオリティの高いものや、フェアな環境で作られているものを調べて買おうとしている努力はしていますが、難しいです、移行期です)

 

まあ、

考えてみてください

 

質より量の時代、

量より質ですよ、やっぱり。

 

 

xx

 

 

 

いらないもの全部捨てた

こんばんは。

 

12月8日以降ブログ更新してなくて、

きっと3日坊主だな〜って思ってるであろうみなさん。

 

戻ってきました 笑

 

 

そして今日1日部屋を片付けていました。

自分でもびっくりゴミ袋5個 笑

 

だから今日はゴミについて語ろう、と思いました。

 

ゴミ袋5個といっても

「ゴミ」じゃなくて今までずっと貯めてきた「思い出の品」を捨てました。

 

高校のときに使ってた教科書

3年前にお気に入りだったセーター

ちょっと穴空いてるけど可愛いからなんとなくキープしてる靴下

天井にオーロラのマッピングをするプロジェクター「オーロラマスター」

(なんで5千円かけて買ったのか全くわからない)

大量の化粧用品

(質より量重視で、たくさんリップ持ってるのかっこいい!みたいな)

などなど

 

そんなこんなで

ずっと使うやろ!と思って取っておいたモノとか

もうこれなしじゃ生きていけない〜と思っていたモノとか

全部捨てました

正直生きていける、なくても

 

服は3分の1に減って、

ごちゃごちゃしたものも半分以上は処分

(ちなみにリサイクルできるものはリサイクルします。環境大事!)

 

 

ものへの執着って本当に怖い

いらないのに何かを思い出すことができるから

取っておくなんて、

 

思い出なんて心の中にそっとで十分

(十分じゃなかったら日記でも書いてください。)

ものがなかったら思い出すことのできない思い出なんていらない

 

結局そんな「思い出の品」も「ゴミ」です

どれだけ大切って思っても使わないんだったら結局ゴミ、不用品

 

快く捨てましょう。

 

人間は絶えず物質を体から排出します(本当に色々な形で)

悪いものを、

不要なものを出して、

体調を整えていきます。

 

生活も一緒。

 

自分の部屋から

いらないもの全部出したら

あらスッキリ

 

息苦しかった部屋もまじ爽快。

頭の回転も早くなる

一石二鳥

 

消費社会に乗せられて

どんどん新しいものを買ってしまう

いらないのに

新しいペンとかノートとか服とか電子機器とか車とか

 

どんどん購入して消費してもの足りなくなってもっと買って

 

それがどんどん家に溜まっていって

 

私も特にそうですが

今まで安かったら買っちゃえ〜

で山ほどものが増えてしまいました。

 

そんなあり方がどんどん嫌になって

2017年の目標はミニマリストになることです。

本当は私たちが思っている以上にものっていらない

 

ミニマリストになることで

いろんなメリットがあると思います。

 

それについては次のブログポストで(書くかも) 

 

xx

 

 

 

 

 

美味しい飲み物、便利便利

日本ならどこにでもある自動販売機。
 
喉乾いたお茶買ってくるな〜。
 
便利便利。
 
大学の中、駅構内、道端、ショッピングモール
っていうかそこらへん、
どこでも、
ある。
 
うん、便利でいい。
 
だけど日本の自動販売機って異常なほど数が多くて
しかも他の国みると逆に自動販売機がない!
(ということは日本にも、なくていいはず)
 
それもそのはず。
 
日本は世界一の自動販売機大国(かっこいい〜!)
台数は508万台、
25人に一台っていう割合で
 
その売り上げも年間で5兆3千億円(おめでとう!これも一位!)
 
 
日本がこれだけ自動販売機を設置できるのはまず
治安がいいところ!
(壊さずにちゃんとお金を払って購入する謙虚な姿勢)
 
しかし便利便利で終わってたらそのまま地球も一緒に終わってしまいます。
 
 
自動販売機が使ってる電力はどれくらいか知ってますか?
 
一年で66億キロワット時!!!
 
って言われてもわからない!!!!!!
 
原発の平均的な一年の発電量は71億キロワット時(らしい 笑)
 
原発が一年頑張って働いた成果は全て自動販売機の活動へ。
無駄やな〜と、つくづく思ってしまいます。
 
 
こんなことを書かなくても多分多くの人はもうすでに無駄さを気づいているでしょうし、
設置してる企業だってその無駄さを認識しています。
 
これだけ電力を無駄遣いしてまで自動販売機を設置する理由は、
商品のプロモーション、いわゆる広告塔の役割を担っています。
S
 
コカコーラの赤い自動販売機、
ペプシの青い自動販売機、
ダイドーとかの自販機
 
そこに立ってるだけで
ブランドのプロモーションができるなんて最高!って感じで企業は自動販売機を設置しています。
 
目立つ設置場所は企業同士の 取り合いになるそうです。
 
だって、「広告塔としての自動販売機」は多くの収入をもたらします。
 
また、自動販売機は年間で2兆円以上の利益が出るので
自動販売機なしじゃもうダメだ、スタンスです。企業は。
 
どれだけ電力を消費しようと、
 
利益さえ得ることができれば企業もハッピーというような構図になっています。
 
 
上にも書きましたが、
他の国では自動販売機は日本みたいに過剰に設置されていません。
ということはなくても私たちは生きていけます。
 
便利だからどんどん地球を搾取していくのか、
せめて5分歩いて近くのスーパーで飲み物を買うのか、
シンプルな選択です。
 
でも多くの人は「めんどっちい」って言って地球搾取コースに走ってしまいます。
私もギルティです。でも努力してます。マイボトル常備心がけてます。
 
最後に一つ、
資本主義に囚われすぎて利益を得ることばかりに必死な
企業に対する批判的な姿勢をすこしばかりは持つべきなのではないかと、
考えました。
 
 
 
 
Rina Sunshine xx